Friday, December 12, 2008

クリスマス


 昨日は僕の関係している学校職員のクリスマスパーティーであった。学校は来週の19日から一ヶ月ばかり冬休みに入る。今年、その某学校はニューヨーク大学に合併吸収された。名前も元の名前の前にNYUの文字が入った。学生は喜んでいるかもしれない。NYUのネームバリューはやはり大きい。
日本の大学も経営難で合併吸収を余儀なくされている学校も少なくないとか。学校もビジネスである以上仕方がないのかもしれない。そんなことがあって、クリスマスパーティーは盛り上がらないかと思いきや、職員も喜んでいるのか結構盛り上がった。

そんなことがあって、家についてHamsphereにログインし、フィリピンのボジ氏から声をかけられたとき、クリスマスの過ごし方や習慣について話をした。
僕の家は真言宗、高野山金剛峰寺の檀家なのだが、僕が幼稚園に入園するにあったって、両親は僕をカソリック幼稚園に放り込んだ。まあ田舎のその地域では少々特異な学校ではあった。園長はじめ先生のほとんどは海外から来ていた。俗に言う外人さんのシスター達であった。もちろんクリスマスの時期にはイエスキリストの誕生場面の寸劇等をやらされたりもした。両親は学校の先生で少しは知的レベルの高いほうだったと思うが、その両親にして、宗教に関してはそんなに自分の家の宗教に固守しなかったようだ。かといって、他の宗派や宗教に改宗するほどポリシーのない人間でもなかったようだ。それでは いったい、どうして僕を仏教徒である自分の家の宗教とは関係のないカソリックの幼稚園に放り込んだのか? 後年、父親に尋ねたことがある。彼が言うには、子供のうちから外国人に接し慣れておくのは君の将来の役に立つと思ったからだと。それに全幼稚園児が2~30人のこじんまりした教育が気に入ったんだとか。
これは僕の家の小さな話なのだが、この両親の考え方や生き方は、拡大して日本の歴史や日本の重大なターニングポイントで、日本人が行ってきた選択や政策に他ならないのではないかと最近思う。日本人は高い技術レベル、教育レベル、芸術レベルには無条件に傾倒してしまう性格らしい。その国の文化、宗教が日本と違っていようがあまり意に関しない。かといって某国のように改宗者が続出するわけでもない。自分達の文化を守りながら旨く良いところだけを融合してしまう。やはり八百万の神や神仏混合の世界で育って来たからなのか。
米国も日本もクリスマスをビジネスに利用していることには変わりはないのであるが、日本では宗教色はさほどないのではないだろうか。僕はそのことは決して悪いことではないような気がする。何かを使って何かを楽しむ、クリスチャンの人たちには、不謹慎と言われるかもしれないが、クリスマスを家族のため、恋人のためとに利用してしまう日本人は、悪く言えば無節操、よく言えば柔軟性があって好きである。こんな考え方も僕をカソリック幼稚園に放り込んだ両親の教育方針の影響かも。

 そんなこんなで、今日はニューヨークの町を歩いてみた。どこも実に見事にデコレーションしてあった。






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